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中嶋常幸が優勝のチャンスを逃してしまった全英のバンカー

中嶋常幸が優勝のチャンスを逃してしまった全英のバンカー


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(日本経済新聞10/8/3の中嶋常幸プロのコラムから引用)(中略)今年(の全米オープンは)「聖地」セントアンドルーズ・オールドコースが舞台。思い出さないはずがない。
オールドファンならご存知の「トミーズバンカー」である。数年前にジ・オープンのことを著した本が英国で出版され、作者がサイン入りの本を送ってきてくれた。

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(中略)その本によれば、1978年、全英に挑戦した23歳の若いプロ、トミー・ナカジマは3日目に16番でバーディーを奪い、首位に肉薄した。しかし直後の17番(パー4)で、フェアウエーからの第2打をグリーンに乗せたあとのファーストパットが「ロードバンカー」と呼ばれる危険な深いガードバンカーにつかまる。
脱出に4打を要し「9」、優勝戦線から大きく後退してしまった。以来、別名「ロードホール」の17番のこのバンカーには、私のニックネームがつくことになった、と書いてあった。
(中略)パットがバンカーに入ったときには「あれ、なぜだろう?」。バンカーショットの1打目では、なんとかカップに寄せて傷口を最小限に収めようと思っていた。
2打目は「おいおい、何してるんだ」。3打目になると「いいかげんにしろよ、バカやろー」。4打目は…もう、頭の中は真っ白だ。
(中略)最終日のペアリングを知らされたことが、傷心の私には救いとなった。あこがれの選手、アーノルド・パーマー、その人だったからである。
(中略)最終日もアンダーパーで回ることができ、初出場で17位に入れたのはパーマーの力だ。同じ年、マスターズで予選落ちし、世界挑戦に自信をなくしてしまいそうな時だった。
パーマーとのラウンドがなければ、今の私はないと思っている。
(中略)今回の全英では、石川遼選手が聖地最後のトム・ワトソンと回り「一生の宝」と涙ぐんだと聞いた。感動できるのはいいことだ。
人間的に奥行きが深いからだと思う。豊かな感受性をずっと大事にしていってほしい。

中嶋常幸さんがマスターズのオーガスタ13番で13打を叩いてしまったのは伝説ですが、全英でもバンカーについてこんなエピソードがあるとは知りませんでした。

そしてバンカーにトミーの名前が冠されたのもすごいですね。

聖地で首位に肉薄したのもすばらしいです。ところが、17番で2オンに成功しながら、ご本人もなぜだか分からないのに、パットがバンカーに入ってしまったんですね。

そしてバンカーからの脱出にも大苦戦し、スコアを落としてしまったそうです。優勝のチャンスを掴みかけていただけに、本当に残念です。

へなちょこゴルファーの私でさえ、バンカーから出すのに何打もかかったり、短いパットをなんども外してカップ回りを往復したりすれば頭が真っ白になります。

それがゴルフの聖地で、上位にいて、ギャラリーの観る前でとなると、さすがのトミーも混乱されたようです。

18番でホールアウトしたとき、同伴競技者のトム・ワイスコフ選手に肩を抱かれ、何かを言われたけど、上の空だったとあります。おそらくワイスコフは、せっかく優勝争いをしていたのに悲劇に見舞われてしまった外国人選手の中嶋に、慰めの言葉を掛けたのだと思います。

プロゴルファーであれば、海外メジャーで、それもゴルフの聖地で優勝することはまさに悲願だと思います。ところがそのチャンスが一瞬にして崩れ去ってしまったのですから、どれだけのショックだったのでしょうか。

しかし、最終日をあこがれのアーノルド・パーマーとラウンドできることになり、落ち込んでいたトミーを元気づけただけでなく、その後のゴルフ人生の支えになったようです。

中嶋さんは石川遼とトム・ワトソンについても書かれています。ワトソンは60歳を超えても全英オープンで3位に入りましたから、脱帽します。また、それができるゴルフというスポーツの奥深さも感じます。

石川はトム・ワトソンとプレーして彼のクレバーな(賢い)ゴルフを参考にもしています。

石川もこのところスイング改造を元に戻したり、なかなかショットの調子が戻らなかったりと苦戦していますが、中嶋常幸さんのように苦境をばねにして世界の頂点を目指してほしいです。

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