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中部銀次郎が救済をあえて受けなかった理由

中部銀次郎が救済をあえて受けなかった理由


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(以下、「銀のゴルフ」から引用、抜粋)

昭和53年6月、36歳の中部は6回目の日本アマチャンピオンに挑む。連日の雨でフェアウェイはぬかるみ、コンディションは最悪だった。

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選手たちは当然のことのようにカジュアルウォーターの救済を受け、ボールをフリードロップしてはショットを重ねていた。

だがどんなライにあろうが中部だけは一度としてボールに触ろうとはしなかった。

選手の中には無理やり水を浮き立たせカジュアルを主張する者もいたというが…。

だが中部の心の中はマナーに偏っていたわけではなく、人に教訓を垂れようなどとおこがましい驕りに充ちていたわけでもない。

中部はただボールに触れずに打つ事がゴルフのリズムに最善であると確信していたにすぎない。

試合後中部(銀次郎)はこんな意味の言葉を残す。「たとえ救済を受けたの場所にボールを移したとしてもそこが最善のライとは限らない。

「もっとほかにいい所があったのではないかと心のどこかに動揺が起きる。それが必ずショットに反映し、スコアの乱れにつながる。」

結果2位に7ストロークの大差をつけ6度目の日本アマに輝いた
(引用終わり)

あるがままのプレー

ぬかるんだフェアウェイでのプレーですか。考えるだけでも大変そうです。

もちろんカジュアルウォーター、すなわちコース上の一時的な水たまりに入っていればドロップできます。しかし中部銀次郎さんはあえてそれをしなかったというのです。

無理やり水を浮き立たせてカジュアルウォーターを主張するというのはやはり抵抗を感じます。「あるがままの状態で打つ」のがゴルフの基本ですから。

ちなみに引用文では割愛しましたが、中部さんのこの行為をディレッタンティズムの極みだと煙たがる向きもあったとあります。この言葉の意味がわからなかったので調べたところ、「道楽」というような意味だそうです。

つまり、勝利にこだわらずにかっこつけてプレーしているというように中部さんを評したということでしょう。

プレーのリズムを崩さない

しかし、中部さんは単にマナーに反するとしてボールをドロップしなかったのではありません。

確かに、雨の中のプレーではそれだけで体が冷えますし、レインウェアを着ることでスイングの感覚が微妙に変わります。

その上、いちいちライを見てこれはカジュアルウォーターだ、ドロップしようというのでは、プレーのリズムが崩れてしまいます。

そのため、ボールに触れないことでリズムを崩さなかったわけです。もちろん、水たまり状態のライからでも正確なショットを中部さんが打てたからこそできたことでしょうが、合理的であり、また美学を感じます。

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